動機付けされるルール

禁止を重ねるだけのルールでよいか?

事業所内で身だしなみのルールについて問題提起がありました。ピアスや爪等の装飾品ルールをどうしたらよいか? というものです。確かに明確に決めていない部分が多かったのですが・・・。理想的に細かいルールを決めずとも、各自が利用者様に対するサービスという観点で、事故のリスクや利用者様からどう見られるかを思考して決めるのが良いのかもしれないけど、人数が増えていくと、事故の原因になるような装飾品でも付けたいと思う人も出てきます。

では、どんなルールにするべきか? この手のルールは、どうしても「禁止」を重ねていく方法が一般的です。「●●してはだめ」「●●つけてはだめ」という感じになる。そういったルールは、必要性を感じるものの、心を冷ましていくルールになっていくとも思っている。批判や細部の粗さを覚悟で書くと 自由を犠牲にして正しいオペレーションを遂行する というルールになる。

ふと思う。何かを犠牲にしないルールにならないのだろうか?

最も望ましい結果を生む仕組み

もう20年以上も前だけど、忘れられないエピソードを聞いたことがある。このエピソードの真偽はわからない。それでもこのエピソードは、私の解決方法を仕組み化する場合の心情の一つを築いている。

アメリカのある州では、州の裁判官を選ぶ際、「州の弁護士の中から弁護士の投票によって決める」というルールがあるそうだ。この仕組みは、常に最も優秀な弁護士が州の裁判官になるという仕組みになっている。なぜなら、最も優秀な弁護士は、他の弁護士に勝つことが多く、他の弁護士よりお金持ちで大きな会社の顧問になっている。そのため、この最も優秀な弁護士を裁判官にすれば、他の弁護士の勝率はあがり、また、この最も優秀な弁護士が顧問をしてきた会社は一斉に他の弁護士に鞍替えすることになり、大きなビジネスチャンスが生まれるからだ。

この仕組みは本当にすばらしい仕組みだと思う。だれもが弁護士の能力以外の余計な要素や感情を抜きにして 最も優秀な弁護士が裁判官になるという仕組みになっているからだ。倫理的な教訓や 禁止事項を並べる必要もない。不正選挙するのもばからしい。

もしかすると、この例の様に、何かを犠牲にしなくても、誰もが望んで、もっとも実現したかった状態を作り出す仕組みやルールは創造できるのかもしれない。

動機付けされるルール

この裁判官選出の仕組みが、なぜ 何かを犠牲にせず、最も望ましい結果を得られるのか? 法則を考えると、「動機」というものが見えてくる。人の「動機」に着目したルールや仕組みを作れば、同様に なにかを犠牲にせずとも、最も望んだ結果が得られる仕組みやルールが作れるかもしれない。

他の例を挙げると、例えば オークションの「評価」という仕組みがある。売り手・買い手 それぞれに 相手が付けるもの。そして、その評価点は、今後取引をする見込み客、見込み店が相手側が望ましい商売相手なのかを判断する材料となる。当然 売り手・買い手ともまっとうな「良い店」「良い客」を目指そうとする「動機」が生まれてくる。この仕組みは 横暴な店やクレームを未然に防ぐ仕組みになっている。

装飾品のルールにも適用できるのか?

今、前述のエピソード(この記事)を事業所内にも閲覧してもらい、みんなに装飾品のルールのアイディアを出してもらっています。どこにもないような「動機」づけされる装飾品のルールができたら素晴らしいですね。

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